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「おせっかい」 ロキ不二稿(ろき ふじわら)
要らぬおせっかいをして恥をかく
それでいいんだ
恥くらいなんだ
おせっかいで済んで結構なことだ
褒められもせず
気にもされず
迷惑がられ笑われて
嫌われて馬鹿にされ
それでもいいんだ
悲しい命を守れるのなら
誰かの悲鳴を聞きとれるなら
どこかで誰かが飢え死にしている
どこかの踏切で車椅子がはまり込んだ
どこかで子供が殴り殺されている
そこにおせっかい者めが居たならば
走り寄れよ
かすかな泣き声に振り返れよ
勘違いなら結構じゃないか
迷惑がられて結構なことだ
警察沙汰がなんだ
逮捕されたって構わんだろう
勘違いじゃなかった時
見殺しにするよりは
耳を澄まして
両手を大きく開いて
おせっかい者は抱きかかえろよ
駆け寄って
踏ん張って
褒められもせず
気にもされず
恥をかきながら
「ホームページで悪戦苦闘 その2」 高橋 茶太朗(たかはし ちゃたろう)
Apache,Active Perl,phpそれぞれインストールし直したり、動作環境を設定するファイルのhttpd.confやphp.iniをさんざん見直したり、いろいろやった結果、ローカル環境ができました。結局のところ、なんてことはなく、ウィルス対策ソフトが何故か、apacheを遮断する設定になっていて、それで起動できなかったようです。かなり徒労しました。 しかし、これで作業が本格的にできるようになりました。 ですので、ここ2,3日中には若干新しくなったページをアップできるかと思います。
「最強の女」 大久保 了(おおくぼ りょう)
つくばに いる 最強の 女を 紹介します 竹山の姉さんです!
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「映画観てない」 塔嶌 昭三(とうじま しょうぞう)
最近、映画を観ていない。映画館に行ってないのも勿論なのだが、レンタルビデオすらここの所観ていない。
原因は色々あるのだが、その一つはパッケージが皆同じに見えて興味がわかないのだ。
それでも話題作などを観てみると本当に同じ様な内容の印象の作品ばかりに感じてしまう。(特にハリウッド映画)
良い作品に出会うには、もっとリサーチしなければダメかなぁ? と思っています。
「人を斬るということ」 梅田 喬(うめだ たかし)
TEAM NACS 『WARRIOR』の殺陣稽古において、
演出の森崎さんより
「あなたたちの持っているのは、人を斬る道具です。」
という言葉がありました。
通常舞台では、真剣ではない偽物を使うのですが、
舞台上の役たちは本物を持っている設定です。
殺し合いをしているわけです。
生半可な気持ちで振れるものではありません。
舞台は虚構の世界だし、嘘です。
けれど、その嘘を信じてる役者がいてはじめて成り立つものです。
もちろん人を斬ったことはありませんが、
出来る限り想像して、その気持ちに近づきたいと思います。
その恐怖や集中力たるや、
殺陣が終わった後の疲労感が証明しているような気がします。
戦国時代は言葉以上に厳しい世の中だったんだろうなあ・・・。
「〇〇のカミサマと馬鹿の壁」 水口 真光(みずぐち まさみつ)
いつだったか、バイト先の運転手さんが言った。「ある日、運転のカミが俺に降りてきたんですよ」
仕事中、雑談の中で車の運転技術の話になり、みんなはじめは車庫入れとか縦列駐車とか色々苦労するけど、でも気がつくと出来るようになっているんだよね、なんて話の流れからそんな言葉が出てきたのだ。
たしかに「〇〇のカミ」みたいな、そんなものが降りてくる瞬間ってあるかもしれない。はじめは全然出来なくて、こんなもん一生かかっても出来ないんじゃないかなんてそう思いながら、仕事の一部だったりなにかしらやらなくちゃいけないことだったりして、渋々やり続けているうちにいつの間にか出来るようになっていて「あれ、出来るようになってるじゃん。なんで?」なんてビックリして「カミが降りてきた!」などと思わず口走っちゃう、そんな瞬間が、たしかにある。
ある時のことだが、テレビをつけたらヒヨコのオスとメスを仕分ける作業をしているオバさんが映っていて、物凄いスピードでヒヨコを瞬時に見分けムチのようなしなやかな手つきで正確かつざっくりと仕分けていた。まさに神業、オバさんの背後には「ヒヨコを仕分けるカミ」がいたのだ。またある時、新聞配達のアルバイトに入ったら、隣の区域担当の先輩が残像が見えそうなくらい素早い手捌きで新聞に折り込みチラシを入れ、超高層ビルのようにキレイに積み上げていた。あの人にはたしかに「折り込みのカミ」が宿っていたのだろう。
似たような感じのもう少しちゃんとした話で、小説家吉本ばななのお父さん、詩人で文芸評論家の吉本隆明が糸井重里との対談の中で、「とにかく十年続ければどんなものでもだいたい一人前にはなれますよ。しなくちゃいけないこと、やるべき価値のあることなんてホントはないんだから、やりたいことをしつこくやればいいんですよね」みたいなことをざっくばらんに言っていた。ちなみにその対談本のタイトルは「悪人正機」だった。冗談混じりだが、八十を越えたお爺さんが言うと軽妙でありながら不思議な説得力がある。
悪い習慣とよい習慣というのがあり、「やりたいけどうまくできないこと」の修練をなんとか習慣にしてしまうことが出来れば、いつか求め焦がれた「カミ」が降りてくる……、というか一人前になれるかもしれない。またしかし、僕はかつての同級生達が呆れるような生き方をしておきながら、実は普通の人間でありたいとも思うので、生活に根ざした現実的な技術も欲しい。とにかく今やっていることを続ける、地道な努力をこれからもコツコツしていくしかないのだ。結局さんざん書いておきながら、つべこべ言わず黙々とやんなさいってことなのだろう。継続は力なり。お母さん、あなたはやはり正しかった。でも「馬鹿の壁」の前にいる僕はとうてい納得できませんでした。
「」 黒木 翔(くろき しょう)
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