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「保険」 ロキ不二稿(ろき ふじわら) 余裕もないのに、まさかの時を用心して、十年ほど前から保険に入っている。
勿論、人並みにはゆかないから、掛け捨ての都民共済だ。
息子と自分の分合わせて月々八千円。
掛け捨てなんて勿体ないとアドバイスを受けたこともあって、少しは考えたこともあったが、
結局、普通の保険は月々の支払額が高くて手が出ない。
おまけに大体の保険が六十五歳とか七十歳で終わりで、それ以後の保障が無い。
うちの家系は長寿で、普通にしていれば、八十歳はこえる。
老衰による病や怪我は保険の保障が終わってからの確立が高い。
大病も怪我も無く生きてきたもんだから、高い保険料を払っても元を取るような気がしない。
だから、安い掛け捨て共済なのだが、毎月引き落とされる八千円が、ときどき惜しくなる。
しかし、ふと、今朝、
結局、使うことなく、保険料を支払い続けて終わるのは、幸せなことと気付いた。
自分勝手に暮らす私のわずかな保険料が、怪我や病で必要な人に使われてゆくのも、有難いことだと。
ケチくさいわたしの自分納得の言い訳か。
「にゃんこ保護」 高橋 茶太朗(たかはし ちゃたろう) 今週は仔猫と若い猫を保護しました。 近所の公園でキジトラ柄の仔猫がうろちょろしているという情報あり。日曜日、早速ワナで捕獲しようとしたのですが、エサにつられ、恐る恐るワナの中に入ってくれるも、体重が軽すぎるせいで、ワナの扉が閉まらず! で、その日は断念。 月曜は姿は見えず、火曜日、また発見。 今度はワナに入ったら、こちらで扉を閉めれるよう工夫して臨んだのですが、前回でワナに慣れたのか、オソロオソロでなはく、おおはしゃぎで入って来たため、軽くても自動的に扉がバタン。難なく捕まえることができました。 さらに、その仔猫のキジトラと遊んでいた、アメリカンショートヘア(アメショ)柄のメス猫も捕獲しました。彼女は公園には最近まで居なかった猫で、やたらと人懐っこいので、恐らく捨てられたのでしょう。見た感じ歳は1歳ぐらいでしょうか? 病院に連れて行ったところ、仔猫のキジトラは猫エイズ、白血病ともに陰性。アメショ柄の方は猫エイズに感染っていました。 アメショ柄のアメちゃんは避妊手術も無事終了。気の強いアメちゃんは、元気いっぱい、古参のにゃんこたちをものともせず、既に我が物顔で暮らし始めております。 仔猫のキジトラちゃんは今度、譲渡会で里親を探してもらえることになりました。
さて、先週も書いたキジコ、食欲が出て来て良かった良かったと思っていたのですが、血液検査をしてもらったところ、さらに悪化しておりました。あれだけ痩せているにもかかわらず、コレステロール値がものすごく高いのです。結局腎臓が全然機能していないようなのです。がんばれっ、キジコ。
「同じ顔ばかり」 塔嶌 昭三(とうじま しょうぞう)
幹生の小学校の保護者会などに行くと、当然お母さんばかり来ているのだが、皆さん同じ顔に見えてしまう。
昔は初対面の人の顔と名前を覚えるのは得意なほうだったはずだけど、今は4種類位で皆同じに感じる。
でもこれは母親に限らず、劇団などで大勢若い女の子と知り合うと、みいんな~同じ顔。むしろ、こちらの方がヒドいかもしれない。
やはり、歳と共に脳ミソが衰えているのだろうか?
「熱中症と岡本太郎」 水口 真光(みずぐち まさみつ) 仕事中、熱中症になりました。
熱中症といっても倒れたりした訳ではないので、初期症状くらいのごく軽いものではあったと思うのですが、作業中、これはちょっとまずいかもしれないと思った時には既に遅く、平行感覚がなくなり気持ち悪くなってきてしまい、すぐに休ませてもらったので大事には到りませんでしたが、回復後もしばらく頭痛が止まらず、けっこうかなりヤバかったです。
これからがまさに夏の本番になるので、水分と塩分の補給を小まめにとるなどして対応していかなければと思います。
それにしてもなんというか、本当に毎日暑い、ですね。
岡本太郎先生ではありませんが、日々「何だ、これは!」と太陽に向かって叫びたいような、そんな気分であります。
しかし、思わず「何だ、これは!」と叫びたくなるような驚き、「新鮮な真新しい驚きと共に世界と向き合う」、日常に埋もれた様々な物事を再発見する、ということが芸術の目指すべきひとつの目標なのだとしたら、僕も一瞬だけその境地を、「芸術」や「表現」などとは一切関係なく思えるビン回収の現場で、さりげなく垣間見ているのかもしれません。
話しはすっかりトビますが、岡本太郎先生といえば、以前知り合いの女の子と二人プラネタリウムに行き、その同じ敷地内で岡本太郎展もやっていたので、入って見たことがありました。
そこで僕は彫刻や絵画といった、先生の作品の数々をはじめて拝見させて頂いたのですが、正直、どう評価すればよいのか何時間眺めてもまったく分かりませんでした。
「何だ、これは!」と叫ぶどころか呟くことさえできず、僕たちは終止無言のまま建物を去り、互いの家路についたのでした。
小市民の僕は、これまでそのことを誰にも言わず胸のうちにそっとしまっていましたが、今そのことを書いてしまい、評価の高い芸術作品を「分からなかった」と素朴に告白するのもまたひとつの勇気かなと、そう思ったりする次第であります。
日常の様々な場面でも、感じたことを感じたまま形にして伝えるというのは大事なことで、誰かに「空気の読めない人」と言われようと後で自分の間違いだったと気づくことになったとしても、基本的な姿勢としてやはりそれは必要なのではないでしょうか。
たとえば、王様が本当はホントにちゃんと立派な服を着ていたのだとしても、自分の目に裸に写ってそれをおかしいと感じたのならば、「王様は裸じゃないか!」と前のめりに叫んだっていいじゃないか、そんな風にもまた思うのであります。
それはつまり「グラスの底に顔があってもいいじゃないか!」みたいなこと、……ではないですかね、やっぱり。
なんだかずいぶんと取り留めない文章になってしまいましたが、これも恐らく熱中症の影響なのだと思います。
いやしかし、完全に言い訳ですが、文章がいつもよりもさらにたどたどしいのには、他にもちゃんと理由があるのです。
近々はじまる『宇宙船トンマホーク号の冒険』というお芝居は、なんとプロット芝居であり、筋書きだけで台詞が一切ないのです。いったいどうしたらよいのでしょうか。いや、なんとかするしかないのです。
次々と襲い掛かる過酷な試練に、僕はまた「何だ、これは!」と叫びたいような、そんな心境であります。
「目立ちすぎる主役は困る」 梅田 喬(うめだ たかし)
トンマホーク号が完成しつつあります!
つくる程に、早くこの主役と共演したいという気持ちが湧いてきております。
可愛いなぁ、大きいなぁ、でかいなぁ、本当にでかいなぁ。
あれ?演技エリアがないぞ…
主役のトンマホーク号が存在感を出せば出すほど、役者の動ける範囲がなくなることに今日気づきました。
少し主役が目立ちすぎでは…
そうこうしてる間に客席づくりがはじまり、席数限定公演とはいえ、客席を確保するのに苦心している次第です。
なんとか客席を組んだものの、改めてトンマホーク号の存在感に圧倒されています。
この主役に負けないように役者が演じなくては!
プロット芝居だけど、舞台セットは本気の「トンマホーク号の冒険」。
席数超限定のためチケットはお早めにお買い求めくださいませ!
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