週刊オルガンヴィトー
毎週月曜日発行  2011年6月13日初号発行

週刊オルガンヴィトーが復活しました。今後とも宜しくお願いいたします。
週刊オルガンヴィトーとはオルガンヴィトーの劇団員によるページです。「表現者」としての修行の一環として、感じたことを何でもいいから書き記すことにより、自分の想い、考えを具体化するといった趣旨のもとに始まったものです。

2011年 6月27日(月)(3号)   6月29日(水)Rev.02

 
 

「」  ロキ不二稿(ろき ふじわら)

「がんばれ、キジコ」  高橋 茶太朗(たかはし ちゃたろう)
野良猫だったキジコがオルガンヴィトー来て、約8か月。来た当初はものすごくたくさん食べていたキジコですが、ここ最近、ほとんど食べなくなり、元気がなく、ガリガリになってしまいました。
もともと飼い猫で、捨てられた後、8年もの野良生活がたたったのか、来た当初から腎臓が悪かったのですが、さらに悪化(BUN(尿素窒素)値:114.2、正常値17.6~32.8、クレアチニン値3.6、正常値0.8~1.8))しているため、ムカムカして食べれないとのことでした。
幸いにして、病院にある、高価なおいしそうなごはんは自分から食べてくれたので(ごはん代も結構な値段になってしまうので、皆、いちばん安いごはんを食べてます)、それに薬を混ぜて食べさすことができました。

入院させるか、毎日、注射に連れて行ってあげた方が良いようなのですが、高齢なこともあり、ストレスにもなるので、家で点滴できるように、皮下注射のやり方を教わりました。
なんとかそれで、回復してくれると良いのですが・・・。

しかし、今回病院に連れて行って、衝撃の事実が判明しました。ずっとメスだと思っていたキジコが実はオスでした。
確かに、メスの割には若干大柄だと思っていたのですが・・・。

「休肝日」  塔嶌 昭三(とうじま しょうぞう)
基本的に、ここ何年かは一日も欠かさず毎日晩酌をしているので、そろそろ健康のため休肝日を取ろうと考えていました。
週1くらいは何年か前にも少し続きましたが、先週はナント、3日連続で抜く事に成功しました。 この調子で目指せ毎週4日!
酒をやめるのでは無く、一生飲むために続けるのだ!

「散文詩/傘」  水口 真光(みずぐち まさみつ)
これはただのつくり話で、日付の過ぎたカレンダーの裏側に書いた散文詩みたいなもの。もしくは、いつか見た夢の思い出。

昨日から降り続いていた雨がようやく止んだ。
僕たちは前半の仕事を終え、いつもの公園で少し遅めの昼休憩をとることにした。
体にまとわり付く雨合羽を苦労しながらなんとか脱ぐと、シャツもズボンもすっかりビショビショに濡れてしまっていた。もはやそれが染み込んできた雨なのか内側からむれた汗なのか分からず、僕は自分が使い古しのボロ雑巾になったかのような気分だった。
昼飯を買いに近くのコンビニに行くのさえも億劫で、ブランコそばのベンチに腰を降ろし、やめようと思っていた煙草にまた火をつけてしまう。
背もたれ深く体を沈め、吸い込んだ煙を吐き出しながら頭上を見上げれば、空はさっきまでの雨が嘘のように晴れ渡っていった。
重く垂れ込めていた雲は床を引きずられる汚れたシーツのように千切れ、一定の間隔と速度で次の場所へと流れていく。その様子はまた、目的も分からずただ前を歩く人間の背中を追いかける、終わりのない行軍を僕に思わせもした。やがて雨雲は完全に姿を消し、空にはむき出しの太陽が現れ始めて、容赦なく地上を照りつける強い日差しを射し込んでいった。
胸ポケットからベルトのちぎれてしまった腕時計を取り出し、あらためて時間の確認をする。十二時半。雨さえ降らなければ三十分は違っていた筈だ。

滅入ってしまった気分を和らげようと二本目の煙草に手を伸ばすと、晴天の下、傘をさした子供たちが僕の目の前を通り過ぎて行った。
彼や彼女たちはその身を雨に濡らさぬ為に傘をさしているのではなく、「傘をさして歩きたいから」そうしているようだった。
その様子は、当たり前の日常の光景でありながら同時にどこか幻想的で、びしょ濡れの体とは裏腹に干からびていた僕の心を揺さぶった。
その微かな揺れは、波紋のようにゆっくりと体の奥底まで広がっていき、ささくれ立っていた気分を僅かにだが落ち着かせてくれたのだった。
僕はいっとき眼を閉じ、耳をすませて、彼や彼女たちの後をふらふらと追いかけてみる。
ひとつでも多く、この世界を肯定できるものがみつかればと願いながら。

ある晴れた気持ちのいい朝
傘をさして歩きたい
傘をひらけばなにかが始まり、踏み出す一歩は物語の中へ
聴こえないのは聴こうとしないから
眼を閉じ耳をすませて、傘をひらいて歩きだす
そのまま踊ることだってできたかもしれない
またいつか夢のなかで
イメージ  イメージ

「稽古のための稽古はいらない!」  梅田 喬(うめだ たかし)
オルガンヴィトーは只今、エチュード稽古の真っ最中です。

7月公演「トンマホーク号の冒険」の小道具・衣装の準備もしつつ、エチュード稽古の小道具・衣装も各々で用意し、音響・照明ありの本番さながらの発表会。

稽古のための稽古なんて必要ないですから!!
と、知り合いの武術家が言っておりました。

互いに辛辣な感想を言い合い、ただただ今の自分を越えるために腕を磨く。
今の僕にとって本当に貴重な時間です。

野球でも料理でも武術でも、他のどんな仕事でも毎日の鍛練と積み重ねが土台をつくると信じてます。
役者も人前で演じてないと体や心いろんな部分が錆びていく気がします。

そうならないための大事な時間なんです。
しかも、共演者がいて観てくれる人がいる贅沢な環境。
時間も手間もかかる分、この稽古が出来ることに感謝しています。

アトリエがあるっていうありがたみも骨身に染みております。

明日もエチュード稽古!今週末の本番に向けて鍛練あるのみ!!

 
 
 
 

■編集後記■[高橋茶太朗]
◆7月の「トンマホーク号の冒険」に向け、着々と準備中。小道具、着々と仕上がっております。
◆ワークショップの発表で皆、頭がいっぱいで、今週は更新が遅れております。申し訳ございません。アシカラズ。
◆夏至の日、東京は大変暑かったです。昨日、今日と若干気温が低く、助かっております。
◆先週までのオルガンヴィトーの動き
 トンマホーク号の小道具、9割方完成。
 ワークショップのエチュード発表(7/2(土))に向け、稽古中。
◆このコーナーに対するご意見、ご要望、苦情などはこちらから。   クリック   するとメールソフトが起動します。

 
 

2011年 6月20日(月)(2号)
6月23日(木)Rev.02

 
 

「その瞬間まで」  ロキ不二稿(ろき ふじわら)
とりあえず、解かっているだけの宇宙には、
こんな地球のような猥雑に栄える星は見当たらない。
はるかの彼方の果てまで暗い沈黙の世界であろう宇宙に、
我らの俗世が赤ちょうちんを灯している。
私は、宇宙の奇跡のその瞬間に存在している果報者だ。

在るということは無くなるということ、失うということ、分かり切っているのに

わたしと一緒に居てくれた猫たち犬たち鳥たち、百匹ははるかに超えて
けれど、居なくなって、さみしいよ
思い出すたび、切ないよ
許してね
もっと可愛がれば良かった
痛かった 苦しかった
死ぬ時は みな 喘ぎ苦しんで死んでゆく

奇跡の瞬間に存在したという果報の引き換えに
失われてゆく時、むごくその痛みは凄まじい
私にもその最期が待っているのだ

その瞬間まで

「茶太郎と茶太朗」  高橋 茶太朗(たかはし ちゃたろう)
茶太郎  茶太郎

↑にゃんこ茶太郎(高橋茶太郎)です。この猫から名前をもらいました。
全く同姓同名でもよかったのですが、君とは一寸違うぞ、という思いから「郎」を「朗」にしました。
写真は何故かカメラ目線のにゃんこ茶太郎くんです。
仔猫の時、風邪で両目がふさがって、ヨタヨタ道路を歩いているところを発見、その足で動物病院に連れて行きました。両目がふさがっていたにも関わらず、たまたま持っていた巾着袋の中で元気そうに、もそもそ蠢いておりました。
連れて帰ると、まだ仔猫だというのに、古参猫たちが、随分怖がっておりました。
怖がっていたことだけあって、巨大猫に成長しました。
当時、劇団に住んでいたMぐっつぁんも、何故か、にゃんこ茶太郎には一目置いていたのを私は知っております。

懐中電灯の灯りを追いかけるのが大好きな猫でした。10キロもの巨体で灯りを追いかけるので、大迫力でした。

卓球台の上で、ピンポン球を右に左に追いかけて遊ぶのも大好きでした。
卓球台の上に、肉球の足跡がたくさんつきました。その時、猫は足の裏から汗をかくのだと、知識では知っていましたが、よく分かりました。

人間の食べるものを欲しがる猫がたくさんいる中、頑なに食べなれた猫のごはんしか食べません。

トイレも決まって同じ場所(新聞を細くちぎったトイレ)でしかしません。他のオス猫がかけしょん(マーキング)をするのを見かけると、プリプリ怒っておりました。
2,3日、家を空けたことがあって、新聞のトイレじゃ随分汚れるだろうと思い、猫砂をたっぷり入れてやっていたのに、帰ってきたら、その猫砂の横に積み上げていた新聞の上で、ちょうどトイレをしていました。その姿は健気ですらあり、なんと頑なな・・・と思いました。

そのにゃんこ茶太郎も去年白血病で急逝しました。
回虫を吐いたので、病院に連れて行って、お薬をもらったのですが、次の日、あまりに調子が悪そうだったので病院に連れて行くと緊急入院。その日の夜、電話があり、訃報を受けました。齢7歳半といったところでしょうか。あっけない最期でした。
もう弱りきっていたので、回虫が宿主を見捨てて出て来ていたのかも知れません。薬を飲ませて早めてしまったのかもしれません。看取ってやれなかったのが残念です。
私の父も、今は回復していますが、白血病で入院しました。なので、いつか私も白血病になるのだろうと思っています。

話は全然変わりますが、オルガンヴィトーの舞台写真もよく撮っていただく、写真家の横田敦史さんに、去年、情宣用の写真を撮って頂きました。しかしながら、悲しいかな、全く情宣するようなことがなく、た~だ撮ってもらっただけになってしまっているので、誠に勝手ではございますが、この場をおかりして載せちゃいます。

↓高橋茶太朗です。
高橋茶太朗 高橋茶太朗
アングラ劇団員に似つかわしくなく、さわやかさんに撮っていただきました。
※しかし、髪くらいといとけば良かった・・・。

「運動会」  塔嶌 昭三(とうじま しょうぞう)
先日、息子の運動会だったのですが、土曜が雨で日曜に延期。そして日曜も雨でした。 幹生の小学校は現在 建て替え中のため、隣町の小学校を借りての運動会なので、これ以上の延期は出来ない状況でした。
よって、その小学校の体育館でカケッコなどの個人技抜きで行われることになりました。
そもそも毎年この梅雨の時期なので、延期ばかりなのですが 、今年は盛り上がらないのでは!?
と思いましたが案外、ギュッと凝縮されていて見応えがありました。
体育館だと応援合戦や騎馬戦はまるで昔のTV「オールスター運動会」のようで懐かしかったです。

「旅人と迷子」  水口 真光(みずぐち まさみつ)
十代の頃、旅に憧れていた。
今は失ってしまった子供の単純さで、無邪気に、素朴に憧れていた。
そういえば「旅人」と「迷子」はどこか似ているような気がする。
しかし「旅行者」と「迷子」は全然似ていない。
旅人や迷子という言葉には詩的な響きがあり、なにか後ろめたいような恥ずかしさと共に詩情を感じてしまう。

あれはどこへ向かう途中だったのか。記憶が定かでなく、もうはっきりとは思い出せないが、子供の頃母親や他の兄妹達とはぐれてしまい、バスに一人取り残され誰にも気付かれないまま終点を過ぎ、車庫まで行ってしまったことがあった。
はじめのうち、僕は心細くて仕方がなく周囲の大人は残酷な巨人のようにも見え、声を出せないくらい不安で怖くて堪らなかった。
しかし何故か、次第によそよそしいだけだった外の景色が夕闇に包まれていくにつれ、窓の外を走り抜けていく街は怪しい輝きを帯びてゆき、不思議な期待感のようなものが沸き上がってきたのをよく覚えている。
やがてバスは薄暗い、まるで鯨の腹の中のような車庫に入っていった。いよいよ何かが始まるのだと僕は思った。
後ろの座席に子供が一人残されていることに気がついた運転手が、いっときして母親や兄妹達と一緒にまた戻って来た時は、安心もしたが同時にどこか興がさめてしまったような残念な気さえしていた。
それは勿論、両親がちゃんといて何不自由なく育てられたからこその感情で、今こうして想うのも子供時代の甘い感傷に過ぎないのはよく分かっているのだが、しかし記憶を振り返る度、あの怪しく輝いていた街を実際に歩いてみたかったとも思う。

旅への憧れ。それはロード・ムービー、アメリカン・ニューシネマと呼ばれた一連の作品群、古本屋で買ったものの殆ど読まずに棚に置かれたままだったジャック・ケルアックの『路上』、そんなものなどによってもまた育まれていたのかもしれない。
観念化した旅への憧れは一応現実の行動にも結びつき、16歳の夏、高校を中退していた僕はろくに働きもせず親の仕送りで一人暮らしをしていたのだが、隣の部屋に住んでいた三つ程年上のカメラマン志望の男と二人、ヒッチハイクで九州まで行ったのだった。

九州までの道中、沢山の車に乗せて貰った。乗せて貰うだけでなく、飯を奢って貰ったり「頑張れよ」と励まされたり、また逆に乗せてはくれたものの移動中「お前等みたいなガキは本当は嫌いなんだ」と、ずっと怒られっぱなしだったりしたこともあった。
夜は、駐車場で寝ることが多かった。歩き疲れ、車がすぐ横を猛スピードで走り抜ける路肩で二人して気絶したように寝たりもした。そしてまた次の車が止まってくれるまで親指を突き上げながらひたすら歩き、互いの金の使い方のことで喧嘩をして、揚げ句の果てには酷い風邪をひき、最後はボロボロだったがなんとかようやく九州まで辿り着いて、「旅」の目標は達成したのだった。

あれから随分と時間が経つ。
いい思い出だと、思う。しかしずっと何かがひっかかっていた。その時に感じていた「ひっかかり」、それに今ならば僅かに言葉を与えることが出来るだろう。
僕がその旅で感じていたのは、結局失望感と虚無感だったのだ。
じっさいのところ、それは旅とは呼べないものだった。「戻ってこれる」のは最初からわかっていたのだから。

その時に感じた虚無感は、なんとなく今も僕のひとつの基準、モノサシのようになっている。そう思えば、経験としてはそれなりに得たものもあったのかもしれない。
しかし妙な話しだが、歳をとるごとに見慣れた街、この社会の中で、さ迷い途方に暮れているような感覚を抱く。
なにかを探して歩き続けている。しかし、なにを探しているのか、目的地を僕はもう知らない。

知らない? いや、知っているはずだ。
それは、場所ではなくたとえば消えてしまった迷子たち、その背中の影。
或いは、人々が口にするのさえ忘れてしまった浪漫。
旅は始まっていて、歩き続けるにはひとつの炎、勇気が必要なのだ。

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「青の奇跡は眠る」  梅田 喬(うめだ たかし)
次回公演「トンマホーク号の冒険」に向けて、アトリエである青の奇跡の大改造が行われました。

3月に中止となった「幻探偵4」の水芝居用の舞台(あちこちから水が出る仕掛けがあり、舞台上に池がありました!)から、2,3他の劇団の公演も経て、客席も全て一旦バラして新しく床を張り、ペンキも塗り直しました。

写真の通りピカピカです、よく見たら置物が床に映ってますね!
不思議地底窟 青の奇蹟

今度は主役であるトンマホーク号と、さ迷う宇宙がここに創られます。

何もないところにいろんな世界が広がるのは、まさしく劇場の魅力。
今は静かにその時を待っているかの様です…。

ともあれ、キレイで広いのは気持ちが良いことではありますが。キレイ好きなので(笑)


また青の奇跡に変化があったら報告致します。
写真も同じアングルで撮れたらいいなあ。どれだけ変わったか分かりますしね。

 
 
 
 

■編集後記■[高橋茶太朗]
◆7月の「トンマホーク号の冒険」に向け、着々と準備中。
◆ロキ不二稿さんの更新が遅れております。今週中に追加でアップするかもしれません。
◆6月23日(木)、更新しました。
◆「ブログ」みたいな感じのページにしようと思っていたのですが、ちょっと時代遅れかもしれませんが、以前、発行していたのと同様のページになってしまいました。
◆皆の名前をクリックすれば、プロフィールのページに行くよう、そのうちします。
◆地震の影響で公演中止となった「幻探偵4」の巨大なセットである「シッポん」(オルガンヴィトーではおなじみのセット)が本日、陽の目を見ることなく、粗大ごみに出されます。残念です。
◆放射性物質の濃度云々という話題が、天気予報のようにこんなに聞かれるようになるとは、想像だにしておりませんでした。
 お味噌が大変良い、という話を聞いて、せっせと味噌を摂取している私です。
◆劇団員どうし、「週刊オルガンヴィトー書いた?」という会話が増えたり、「あっ! 週刊オルガンヴィトー書かなきゃ・・・」、という独り言が増えました。
◆オルガンヴィトーの猫、一匹づつについて書けば、毎週書いても、5ヶ月はネタに困らないな・・・、などと考えてしまう、いけない私です。
◆5ヶ月ネタに困らない、ということは、一体何匹おるんじゃい・・・、というのも、驚き、桃の木、山椒の木。
◆先週までのオルガンヴィトーの動き
 トンマホーク号の小道具、製作中。
 ワークショップのエチュード発表(7/2(土))に向け、稽古中。
◆このコーナーに対するご意見、ご要望、苦情などはこちらから。   クリック   するとメールソフトが起動します。

 
 

2011年 6月13日(初号)

 
 

「愚かな楽器」  ロキ不二稿(ろき ふじわら)
十年ぶりに紅テントの芝居を観に行った
そこには異世界を造り出すあの人が居た
美しいということ、その音色の美しさということ、

老いて、その人の原石の美しさの刃は、私という傲慢な”演じる人”を切り裂く
素晴らしい楽器、その限りない表現体が、私という愚かな楽器を突き離す

私は知った
私は唐十郎の役者だということ
私はそれ以外では無いということ

唐十郎とはぐれた唐十郎の役者が
演劇の海で何を目指して漕いでゆくのか

演劇海を いかだ舟で
漕ぎ切ろうぞ
くすぶる
煮えたぎる

「健康診断」  高橋 茶太朗(たかはし ちゃたろう)
先日、健康診断に行った時の模様です。
台風2号の影響で雨の降りしきる中、自転車で会場に向いました。
まずはレントゲンから。肺のレントゲンのバスには2名づつしか入ることができないので、建物の入口で待機。一人が終わると、次の人がバスに向います。待機場からバスまで約10メートル。雨の中、小走りのおっちゃんが転倒! ややビショビショになりながら、慎重にタイルの上を進みます。
レントゲンの後は、検尿です。朝してきたので、出るか心配でしたが、意外と出るものです。紙コップのお小水の生温かい温もりが手に伝わってきます。それを検査の人に渡すのは、なんだか気恥ずかしい感じです。
リトマス試験紙みたいなのを、尿につけ反応を待つ。問題なしで、一安心。
次は身長と体重です。身長が去年の値より若干伸びました。俄かに喜んだのですが、知人の女優さんの話を思い出し、そのせいかと合点。
その女優さんは腰痛の治療のため、整体に行くと、大きなハンマーみたいなので腰をガツンと叩かれたらしい。それで、腰痛がすっかり治り、おまけに身長も4cm伸びたと大喜びしていたのですが、しばらくしたら、今度は全く動けなくなるほど腰が悪くなってしまい、レントゲンを撮ると、ゆるやかな曲線を描いているハズの背骨が真直ぐになっていたとのこと。
私も最近、右手が痺れたり、痛かったりしていたので、レントゲンを撮ったところ、ストレートネックと診断されました。きっと骨が真っ直ぐになったせいで身長が伸びたに違いない。みなさんもいい歳して身長が伸びたりしたら、要注意です。
次に血圧。あのグーっとしめつけられると、腕に心臓があるかのようで、ドックンドックンしてきて、なんだか緊張します。どの辺が正常値かは知りませんが、まあ良かったようです。私の前の人は、下が3ケタもあるといって、皆を驚かせていました。
視力検査では、右の視力が落ちました。左右で視力の差がそんなにあるような感じはなかったのですが、右目がやたらにぼやけて見えませんでした。後で気づいたのですが、単に眼鏡のレンズが曇っていただけでした。
聴力は難なくクリア。
腹囲では「お腹の力を抜いて下さ~い」といわれても、見栄っ張りな気持ちで少しお腹に力が入ります。
心電図は昔はなんかクリームみたいなのを塗って吸盤みたいなのをチュポチュポくっつけられ、終わっても、そのクリームを拭いたりと、意外と時間がかかったような気がするのですが、単に吸盤をくっつけるだけで、あっさり終了。
問診触診もすませ、最後は血液検査です。ここは難敵です。屈強な肉体労働のおっちゃん達の中にも、注射でチックンされるのが怖いらしく、顔をそらせ、苦悩の表情を見せています。
私は小学生の頃から、溶連菌の検査で、よく採血をしていたので、注射は慣れているのですが、前日調子に乗って飲み過ぎてしまい、まだ酒が少し残っているような状態だったので、γ-GTP・GOT・GPTの結果がただただ恐ろしくあります。

「女子大生がいっぱい」  塔嶌 昭三(とうじま しょうぞう)
6/2~3日は青の奇蹟で、日本女子大の劇団ピアチェーレの公演がありました。
久しぶりに若い娘たちと色々話したので、リフレッシュした気分です。
打ち上げでは息子の幹生がタコ焼きを振る舞い、大盛り上がりでした。

「週刊オルガンヴィトーを書く」  水口 真光(みずぐち まさみつ)
週刊オルガンヴィトーを書く。
書こうと思うが、言葉がうまく出てこない。喉の奥に何か異物のようなものが詰まっていて上手く吐き出せない、そんな感じがする。
以前、知人に招待されて「mixi」をやっていたことがあるのだが、その時は今の真逆で、言葉が止まらず毎日二千字以上は書いていたものだった。
発表の場所はなんであれ、文章を書く、言葉を綴ることが楽しいと思えた時期が自分にもあったのだった。しかし今、書くべきこと、伝えるべき言葉などが本当に自分にあったのだろうかと疑問に思う。 周囲を見渡せば、心躍る楽しい娯楽も優しい励ましの言葉もいたる所に溢れている。先達の残した偉大な映画や音楽に感動させられ、表現を志し、中途半端な挫折を繰り返しながら自分自身は何も形には残せず、気付けば三十の歳を過ぎてしまった。今また性懲りもなく舞台に立とうとし、切れ切れの言葉と向き合いながら、自分の食いぶちを稼ぐ以外に俺にいったい何が出来るのだろうかと思う。
生きていることそれ自体の不安に喘ぎ苦しみ、俺はここにいる、そんなことを今さら子供のように泣いて叫んでみたところで自分の声さえ聞こえないのだ。 日常の生活に押し潰されず、また狭い自分の殻に篭って日常を否定したりもせず、日々何か、表現すべき何かを探し続けていきたいと思う。
そういえば、つい昨日のことだが、僕は仕事でビンの回収をしていて、降りしきる雨の中信号待ちで回収したビンの整理をしていると、後ろに止まっていたトラックの座席には見知った顔があり、その人はびっくりするような満面の笑顔で僕に手をふっていたのだった。
言葉にすると馬鹿みたいな当たり前みたいなことだけれど、「この人は俺のことを知っていて、それで手をふっているんだ」と、そう思うと僕は一瞬なんだか泣きたいような気持ちになってしまい、うまく手を振り返せなかった。
自分にどんな価値や可能性があるのか、表現すべきなにがしかがあるのかさえ未だに分からない。しかし、他者との関わりを諦めて一人で山に篭って生きているわけではないのだ。受け取ったものをちゃんと返せる人間になりたいと思う。

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「引越しました」  梅田 喬(うめだ たかし)
こんにちは、梅田喬です。
今週よりオルガンヴィトーの事務所に住み込みで所属することになりました。
皆様よろしくお願いいたします!

今まで衣装部屋だった一室を使わせてもらうことになったのですが、広くて快適です。
元来あんまり物を持たない性質なので、3畳分のスペースが余っているほど。

このスペースは、柔軟体操や筋トレ、空手の自主稽古として活用するつもりです。
7月の公演「トンマホーク号の冒険」に向けて、体力・筋力をつけていかなくては!

という訳でこの7月の公演の話を少し…(笑)
この「トンマホーク号の冒険」はプロット芝居なので台本がありません。
役者間で台詞を生み出して、大筋の物語に沿うようにつくっていくのです。

即興芝居は経験はありますが、2時間ものそれは初体験!
どんな舞台になるのか、これからの稽古が楽しみです。

役者としての意地と度胸が試される舞台になること間違いありません。
そんな出し惜しみの全くない「トンマホーク号の冒険」、クローン犬が生命であることの答えを探して宇宙を彷徨うSFバイオエシックス
近未来の犬とロボットと人間の、友情と冒険と生命誕生の物語をぜひご期待ください!!

 
 
 
 

■編集後記■[高橋茶太朗]
◆週刊オルガンヴィトーが復活しました。
◆7月には「トンマホーク号の冒険」を行うことになりました。
◆8月にも公演を行います。詳細は次期UPします。
◆昼夜寒暖の差が随分ある日が続いております。皆様お身体にはお気を付け下さい。
◆先週までのオルガンヴィトーの動き
 トンマホーク号の冒険に向けて、衣装・小道具など整理中。
 梅田くんがオルガンヴィトーの住人になりました。
◆このコーナーに対するご意見、ご要望、苦情などはこちらから。   クリック   するとメールソフトが起動します。

 
 

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